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中津川督章 作品展

自身の創作について「意図しない造形」(2026年)の著作で述べています。

手洗いで使う石鹸がだんだん減っていくのが「面白い。形に残すべきだ」と考え、半年ですり減って使えなくなった6段階の石鹸を檜材で再現しました。

朝起きた時、使っているそば殻枕のくぼんだ形を木に写し代えて彫った作品が枕シリーズ、その延長で坐シリーズになったようです。

木の根を見て「中心を観たい」という衝動から根の中心に彫り続けると卵のような不思議な形が現れ「樹木の核」の作品になりました。

中津川さんは本の冒頭で「今まで4種の造形意図のない造形に出会っているが、その半分は人間以外の自然がつくった造形の妙である」と述べています。

作品点数 30点

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制作に打ち込む学生時代

制作に打ち込む学生時代

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卒業制作「カランダール」(1959年)

卒業制作「カランダール」(1959年)

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ディスプレイ会社時代「籐によるトルソ」

ディスプレイ会社時代「籐によるトルソ」

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ディスプレイ会社時代「ハンガーラック」

ディスプレイ会社時代「ハンガーラック」

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ディスプレイ会社時代「さえずり」

ディスプレイ会社時代「さえずり」

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ディスプレイ会社時代「籐椅子」

ディスプレイ会社時代「籐椅子」

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手賀沼幻想(2006年)

手賀沼幻想(2006年)

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蓮華シリーズ(2014年)

蓮華シリーズ(2014年)

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蓮華の舟

蓮華の舟

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樹木の核(椿)

樹木の核(椿)

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胎生D

胎生D

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胎生B(手前)

胎生B(手前)

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手賀沼に浮かべた枕(2017年5月)

手賀沼に浮かべた枕(2017年5月)

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舟の枕

舟の枕

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化粧石鹸・手の記録(1987年12月〜1988年6月)

化粧石鹸・手の記録(1987年12月〜1988年6月)

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枝の指揮棒と音符シリーズ(2012年11月)

枝の指揮棒と音符シリーズ(2012年11月)

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楠の椅子

楠の椅子

[17/30]

枝のスツール

枝のスツール

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モチの木のベンチ

モチの木のベンチ

[19/30]

半分に削り取られた太い輪

半分に削り取られた太い輪

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1/2 楕円柱四角繁・太

1/2 楕円柱四角繁・太

[21/30]

第10月国民文化祭(とちぎ‘95)野外彫刻入賞作

第10月国民文化祭(とちぎ‘95)野外彫刻入賞作

[22/30]

時計

時計

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倶多楽湖の流木(2006年、井上治子撮影)

倶多楽湖の流木(2006年、井上治子撮影)

[24/30]

薄手のトルソ

薄手のトルソ

[25/30]

踊る人 マチスへのオマージュ

踊る人 マチスへのオマージュ

[26/30]

トルソの把手・9(1999年)

トルソの把手・9(1999年)

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原始のビーナス

原始のビーナス

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手の把手

手の把手

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レモンパイ

レモンパイ

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制作に意打ち込む学生時代
卒業制作「カランダール」(1959年)
ディスプレイ会社時代「籐によるトルソ」
ディスプレイ会社時代「ハンガーラック」
ディスプレイ会社時代「籐椅子」
ディスプレイ会社時代「籐椅子」
手賀沼幻想(2006年)
蓮華シリーズ(2014年)
蓮華の舟
樹木の核(椿)
胎生D
胎生B(手前)
手賀沼に浮かべた枕(2017年5月)
舟の枕
化粧石鹸・手の記録(1987年12月〜1988年6月)
枝の指揮棒と音符シリーズ(2012年11月)
楠の椅子
枝のスツール
モチの木のベンチ
半分に削り取られた太い輪
1/2 楕円柱四角繁・太
第10月国民文化祭(とちぎ‘95)野外彫刻入賞作
時計
倶多楽湖の流木(2006年、井上治子撮影)
薄手のトルソ
踊る人 マチスへのオマージュ
トルソの把手・9(1999年)
原始のビーナス
手の把手
レモンパイ
松谷登

●プロフィール

中津川督章(なかつがわ・よしふみ)
1936(昭和11)年、京都府木津川市まれ。京都市立美術大学(現京都市立芸術大学)彫刻科で、前衛的な彫刻表現を推進した堀内正和(1911―2001)、辻晉堂(1910−1981)らに学んだ。
卒業後、東京都内のディスプレイ会社で洋服を飾るトルソ、ハンガーなどを製作したが「客に合わせたデザインは自分に向かない」と50歳代で脱サラ。都内から柏市に転居し、友人の写真家、故森かずおさんの土地を借りたアトリエで制作を続けた。
第2回横浜彫刻展(1991年)、第10回国民文化祭野外彫刻(1995年)などで入選、入賞。1997年から個展・グループ展を開始し、中村順二美術館、アトリエグリュ、我孫子アートな散歩市などに出品。2023年12月、柏市のパレット柏・市民ギャラリーでの個展「体感できる彫刻世界へ」で入場者に出品した枕、椅子を使ってもらい好評だった。