子ども向け図書に雑貨、ギャラリーも
「ウラカシ」の児童書専門店
――柏市中心部に「ウラカシ」と呼ばれる一郭がある。JR柏駅東口から東へ350㍍の旧水戸街道と、さらに250㍍先の柏郵便局通りの間にあるエリアで、古着屋などおしゃれな店が軒を並べ、若者でにぎわった。デパートなど大型商業施設がある駅そばを柏の「表」とするなら「裏」に当たる? とのネーミングらしい。 ■写真上:ケーキ屋さん? おしゃれな外観が「ウラカシ」の雰囲気に似合う
その「ウラカシ」にある子ども向けの図書、雑貨、ギャラリーコーナーを備えた児童書専門店を4月下旬に訪ねた。柏郵便局通リから一歩、駅側の路地に入った2階建ての「Huckleberry Books」(ハックルベリーブックス)。ギャラリーでは市民グループの「手作り絵本展」(4月21~同29日)が開催中だった。
■写真:2階の出窓に掲げられた看板とフクロウの置物
店は2階南側の窓に掲げた「BOOK」の看板とフクロウの置物が目印だ。緑と白の壁にレンガ風の飾りがあしらわれている外観。「BOOK」の看板がなければ洋菓子店と見紛うような感じだ。
店主の奥山恵さんは柏市出身で、都立高校で国語の教鞭をとっていた元教員という。「学生の頃から児童文学が好きだった。創作より、研究や評論に取り組んでいた。漠然とだけど、ゆくゆくは本屋をやりたい、と思っていた」。2010年、22年務めた教員を辞め、退職金と貯金をはたき、約100平方㍍の土地を買って店を建てた。

■写真上:児童文学が並ぶ書棚を説明する店主の奥山恵さん
地元の県立東葛高校から千葉大学教育学部に進学。教職を目指す勉強をしながら人間の成長、発達について疑問に思っていた時期にアメリカ生まれのファンタジー「ゲド戦記」シリーズを読んだ。
「子どもは何かを乗り越えたり、悪を倒したりで成長するイメージ。でも『ゲド』では自分の影、心の闇があることを認めることで成長し、変わっていくことが描かれていて衝撃を受けた」
■写真:自身が編集長を務める日本児童文学者協会発行の「日本児童文学」のコーナー
1980年代は児童文学も明るく、楽しく……から子どもや社会が抱えている色んな暗い部分も描き出していく流れにあった、という。大学3年の終わりごろ児童文学研究の教員佐藤宗子さん(現千葉大名誉教授)が赴任して来た。この出会いが児童文学への思いをより一層高めることになって大学院に進んだ。修士論文のテーマも児童文学だった。
教員からの転身に周囲から「本屋では生活していけない」と反対された。自身も「無理なことはわかっていた。でも、挑戦してみたいという気持ちもあった。いざとなったら近所の飲食店にパートに行ってでも」との覚悟だった。幸い続けることができた白百合女子大、二松学舎大の非常勤講師の収入もあり、なんとかなっているという。
「赤ちゃんから大人まで楽しめる本と雑貨」が店のコンセプト。小さな子でも表紙が見やすいよう、低めの段違いに工夫した父親手作りの本棚など、四方の壁で常時2000冊を飾る。

■写真上:奥山さんの父親手作りという本棚が並ぶ店内
児童文学、絵本が各4割、大人向けと古本、雑貨が各1割の品ぞろえ。店構えはイギリスの新聞・ガーディアンの「世界で最も素晴らしい本屋 10選」(2010年7月)に入った京都市の恵文社を参考にした。

■写真上:出入口(左側)のすぐ脇にある数々の絵本。表紙が見やすいよう横向きで置かれている
研究者だけに児童文学の選書にこだわる。ポイントは「作品によっていろいろ違うけれど、世の中にあふれる嘘やありふれたものではなく、見たことがない新しい物語の作品はやはりいい」。
■写真:人気ある店のふくろうの編みぐるみブローチ

■写真上:置物などの雑貨を集めたラック(左)、可愛い豆本も並ぶ(右)
2階はギャラリー機能のあるレンタルスペースで、キッチンやテラスも備える。絵本の原画展などからトークイベント、文学を読む会、生け花に和菓子教室……いろんな市民活動の場にもなっている。

■写真上:2階ギャラリーでの「手作り絵本展」(左)、「手作り絵本展」の小林征子代表(中央)らハックルベリーの仲間たち
開催中の「手作り絵本展~風の通り道~」を主催するグループ「こばやしまさこ&ハックルベリーの仲間たち」(小林征子代表、10人)も毎月第3木曜に集まり、絵本を持ち寄って読み合ったり、感想を語り合ったりしている。
■写真上:会員橘内えり子さんが作った絵本展ポスター(左)、いろんな形、大きさの作品が出品された棚(右)
製作に時間がかかるため、展示会は2年に1回という。5回目の今回は50点を超える作品が集まった。会員の共同作品による詩の絵本「風の通り道」をはじめ、様々なサイズ、形を使って手描きの絵や貼り絵、写真などに童話風、エッセー、詩などが添えられている。いずれも世界で1冊だけの作品だ。
■写真上:会員の共同作品「風の通り道」の表紙(左)。中に会員の貼り絵などとともに詩がつけられている(右)
小林代表は「人によって違うけど、1冊作るのに早い人で10日、普通だと3か月ぐらいかかる。孫とか、知り合いとかにあげた時に、喜んで貰えるのが何よりうれしいわね」と笑顔を見せた。
■写真上:手描き絵が楽しい長塚一枝さん「寒山と拾得」(上の作品)と「先達はお隣さん」(左)、蛇腹のような安富美代子さんの「なんて?ふむふむ」(右)
奥山さんが開業した翌年、東日本大震災が起きた。柏も停電になったり、ホットスポットと呼ばれる放射線量に悩まされたり。子どもの手を引いた母親が「家にいても不安だから」と店にやって来て、本を見ながら話していった。

■写真上:田島ひろ美さんの布の絵本「やさいさんあなたはだあれ?」(左)、薬膳と漢方をテーマにした小堀紀子さんの「元気でいましょう」(右)
その姿に「地域の店は物を売るだけでなく、人と人がつながる場所」との思いを強くした。 2階のギャラリー、レンタルスペースも地域とのつながりを求める手段だ。さらに仲間とともに本がテーマのイベントを仕掛ける。

■写真上:小学生ら6人の作品コーナーもあった
中心街の店の軒下などを会場とする古本フリーマケット「本まっち柏」、4月23日を「本と花の日」と定め、個店や公共空間にミニ図書館づくりを提唱する「柏まちなか図書館」などだ。
「kamonかしわインフォメーションセンター」が昨年12月に発行した「みんなで選ぶ絵本30選」(タブロイド判)作りにも参加した。市民から推薦のあった100を超える作品を30に絞って誌面で紹介する選者になった。
奥山さんらの活動に、コロナが影を落とす。
「2階でのトークイベントなどはリモートに代えてやっているが、『本まっち柏』などのイベントに人が集まるのが難しい。せっかく立ち上げたものをこれからどうしていくか」
まだ先の見えない、悩ましい問題だ。
(文・写真 Tokikazu)